「生臭坊主」とは?意味・使い方・例文を紹介

「生臭坊主」という言葉について知っていますか?
この記事では「生臭坊主」の意味や使い方について紹介していきます。
例文も紹介しますので、意味をマスターしていってください。

「生臭坊主」って?

「生臭坊主」という言葉について解説していきます。
この言葉は坊主らしからぬ坊主に対して使う言葉です。けっして生臭い匂いのする坊主の事ではありません。
本物の僧侶とは、日々自分の心の姿と向き合い、曇りや垢によって覆われ、汚れてしまっている自分の心・魂を
磨いて行き、人間・誰もが心の奥底に宿している仏性を磨きだし、その究極の完成者である仏陀(悟りたる者)に向かって
「心を磨く修行」をしている修行者の事です。

「生臭坊主」の意味について解説

生臭坊主とは、俗人と何ら変わらない坊主を皮肉って使う言葉です。
本物の僧侶とは、決してただの供養屋や葬式屋さんではありません。
持戒者すなわち自分を律して悟りを求めている修行者の事です。
にもかかわらず、俗世間にまみれて本能の赴くままに思い、語り、行動し、私利私欲の追求に生きる坊主の事を表現する言葉です。
適当な理由を作り上げ、布施を強要しカネを巻き上げ贅沢三昧の生活をしている「ありがたみ」のカケラも感じないニセ聖職者の事。
決して戒律で禁止されている魚肉や獣肉を食している僧侶の事だけではありません。その人の「心の姿」であり、その人の精神性を言っているのです。
見た目だけ僧侶の格好をしていても全く意味がなく、その人の「心の姿」が全てなのです。
普段、自分は心の中で何を思って考えているのか?よくよく自分の心の姿を振り返って自分の「思考の傾向性」を確認する事が大切な事です。
あの世とは、自分の心が他人から丸見えの「心(魂)のみの世界、思う事が全ての世界」であり、隠し事など一切出来ない世界です。
その場に居られないような思いを発する者達が、似たもの同士で地獄世界を作り上げて集まり、地獄絵図を自分達で作り出しているのです。

「生臭坊主」の使い方と例文で紹介

・あいつは俗世間にまみれた生臭坊主。
・生臭坊主に布施する意味なし。
・見た目は高僧、なかみは生臭。
・地獄は生臭坊主で一杯。
・庶民の救済のため、対機説法で生臭を演じる高僧もあり。

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